2015年11月17日

酢屋と龍馬の命日2015

こんにちは。
京都は紅葉が見頃になってきました。
今日、明日の雨がちょっと心配(´Д`;)

さて、11月15日は坂本龍馬の命日でした。
京都でも龍馬のゆかりの地にたくさんのファンが訪れました。

酢屋」でも、「酢屋龍馬祭」が開催されました。
午前10:30時半から酢屋の前では参列者に献杯のお茶とお酒が配られたようです。
私は間に合わなかったのでいただけませんでしたが(^_^;)
酢屋 (1).JPG    酢屋 (2).JPG    酢屋 (3).JPG
店先には龍馬の写真と祭壇が設けられています。

そして、東山にある龍馬のお墓にもたくさんの人がお参りに来られていました。
龍馬 (3).JPG    龍馬 (4).JPG    龍馬.JPG
お墓にお参りするのに入口で参拝券?を購入すると、龍馬か中岡慎太郎のどちらかの名刺がもらえました。
墓前にお線香を手向ける人や、長い間手を合わせている人達の列が階段下まで続いていました。


◎ 龍馬のお墓は:京都霊山護国神社にあります。
住所:京都市東山区清閑寺霊山町1
拝観料:300円
参拝時間:9:00〜17:00
◎酢屋
 住所:都市中京区河原町三条下ル一筋目(龍馬通)
 ギャラリー入館時間:12:00〜18:00
 入館料:500円
 定休日:月曜日
posted by べにちゃん at 18:31| 京都 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 龍馬・・いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月01日

木戸孝允旧邸と達磨堂

今年の「京の夏の旅」で特別公開されている文化財の一つ「木戸孝允旧邸と達磨堂」に行って来ました。
今年の特別公開は、〜京のお屋敷と名庭園〜がテーマのようです。
こんな所に・・・こんな建物が・・・。。。
河原町御池からそんなに離れてない街中にあるけど、普段は絶対行かない所だと思います。
それに、思いのほか質素で小さな建物でした(^_^;)
木戸孝允邸3.JPG    木戸孝允邸4.JPG    木戸孝允邸5.JPG

1階は一間しかありません(-_-;)
木戸孝允邸.JPG         木戸孝允邸2.JPG

要は、病床にあった木戸孝允を見舞うために明治天皇が行幸された由緒ある場所であるというのがポイントなのでしょうねぇ。
しかし、庭の先は鴨川でその向こうには東山が望め、まさに山紫水明の場所ではありませんか。
良い所ですよねぇ。。
そしてそのすぐ側に、息子の木戸忠太郎のコレクション、達磨を収めた「達磨堂」が建っています。
鬼瓦も達磨になっていて面白いです。
だるま堂.JPG    だるま堂2.JPG    だるま堂3.JPG

いろんな達磨さんでいっぱいです(*^_^*)
だるま堂7.JPG    だるま堂5.JPG    だるま堂4.JPG

だるま堂6.JPG    だるま堂9.JPG    だるま堂10.JPG

だるま堂8-1.jpg  → →    だるま堂8.JPG
この中にはピーナッツで造られた達磨もいます(^○^) ↑ 

木戸孝允旧邸と達磨堂 地図
公開期間:平成23年7月9日(土)〜9月30日(金)
料金:大人600円/小学生 300円
時間:10:00〜16:00(受付終了)
地下鉄「京都市役所前」下車、徒歩5分
市バス205系統で「河原町丸太町」下車、徒歩3分
posted by べにちゃん at 17:57| 京都 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 龍馬・・いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月25日

武信(たけのぶ)稲荷神社と竜馬の伝言

三条商店街から細い道を南に行くと武信稲荷神社(たけのぶいなりじんじゃ)があります。
武信稲荷.JPG

武信稲荷神社
は平安時代の初期(859年)2月、西三条大臣といわれた右大臣左近衛大将藤原良相(ふじわらのよしすけ)公によって創祀されました。



平安時代、三条から南の神社付近一帯は地図に「この地、藤原氏延命院の地なり」と記されているそうです。
延命院とは藤原右大臣が、人々の健康長寿を願って創設した医療施設であり、延命院と観学院(現千本三条東、西ノ京観学院町にあった学問所)の守護神としてお祀りした神社だそうです。
後世、藤原武信という方がこの御社を厚く信仰し、御神威の発揚につとめたので、武信稲荷と称されるようになり、創祀以来一千年余にわたり広く人々に信仰されているそうです。
武信稲荷2.JPG 武信稲荷4.JPG 武信稲荷5.JPG

神社には、御神木の榎に宿る弁財天を祀る末社の「宮姫社」があります。
この榎は平安時代末期、平重盛が安芸の宮島厳島神社から苗木を移したと伝えられており、京都市天然記念物に指定されています。
樹齢800年を超える御神木の生命力とエネルギーは、健康と長寿の神として信仰を集めています。
武信稲荷6.JPG 武信稲荷8.JPG

さて、龍馬の伝言ですが・・・
武信稲荷神社の南にあった「六角獄舎」には幕末、勤王の志士が多数収容されており、その中に 坂本龍馬の恋人おりょうの父である楢崎将作が勤王家の医師であったため捕らえられていました。
おりょうは父の身を案じ龍馬と共に何度か訪れますが、龍馬自身も狙われる身であり面会はかないません。
その為、神社の大木の上から様子を探ったといいます。
その後、命を狙われ追われる龍馬は身を隠し、二人はなかなか出会うことができませんでした。
そんな時ふと二人で何度も訪れた武信稲荷の榎を思い出し訪れると、そこには龍馬からおりょうへの伝言として榎の幹に』の字が彫ってあったといいます。
「自分も京都にいるのだ、そしておりょうを探している」という伝言。
これにより二人は再び出会えたということです(´;ω;`)ウゥゥ


神社の南にある「日本近代医学発祥の地」「勤皇の志士 平野國臣他数十名終焉之址」及び「殉難勤皇志士忠霊塔」と「近代医学のあけぼの 山脇東洋観臓之地」「六角獄舎 平野国臣殉難の地」の碑。
六角獄舎付近.JPG    六角獄舎付近2.JPG    六角獄舎付近3.JPG

六角獄舎付近5.JPG         六角獄舎付近6.JPG

六角獄舎付近4.JPG
以前に、この「六角獄舎」跡を探しに来た事がありましたが、見つけられず帰った経験があります。
なんせこんな場所にありますから・・・
ちょっとわかりにくい所です。「地図


武信稲荷神社(たけのぶいなりじんじゃ)
住所:京都市中京区三条通「地図
TEL:075-841-3023
FAX:075-496-9955
市バス:壬生車庫前より徒歩2分
阪急:四条大宮駅より徒歩5分

posted by べにちゃん at 11:02| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 龍馬・・いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月15日

龍馬の命日

今日、11月15日は龍馬の誕生日であり又命日です。
京都で龍馬は、材木業を営んでいた「酢屋」に身を寄せていました。
酢屋では店の前に祭壇を設け(たぶん15日だけ)、11月13日(土)〜30日(火)まで「龍馬追悼展」を開催しています。
酢屋.JPG   酢屋2.JPG   酢屋4.JPG

龍馬は家の方から「才谷さん」と呼ばれ、二階の表西側の部屋に住んでいたそうです。
現在は、ギャラリー龍馬として資料が展示されています。
当時の面影を残す二階の出格子(写真の向かって左側の格子)より龍馬は向いの舟入にむけて(当時は、京劇の辺りが高瀬川から水を引き込む舟入になっていたそうです)ピストルの試し撃ちをしていたそうです。
龍馬はここに海援隊京都本部を置き、隊士、陸奥宗光、長岡謙吉、等数多くの志士が投宿していました。
龍馬遭難直後の天満屋事件もこの二階の一室に隊士が集まり事件が起りました。
維新後、陸奥宗光は「酢屋」の家を訪れる時、当時を思い、感慨にむせんだと言われています。
ギャラリーは、龍馬遺品や海援隊の日誌(龍馬が暗殺された日のことが書かれています)・酢屋文書などが展示されています。
11月13日(土)〜30日(火)
11時〜17時
大人600円・高大生500円
 ちょっと高い気がする・・・(`Δ´)

そして、龍馬と中岡慎太郎が暗殺された「近江屋」があった場所では、朝から市長も参加して法要がいとなまれたようです。
私は昼から行ったので、お花がたむけられていました。
近江屋3.JPG   近江屋.JPG   近江屋4.JPG
今は、「坂本竜馬・中岡慎太郎遭難地」の石碑が立つだけで、コンビニになっています(-_-;)
住所:京都市中京区河原町通蛸薬師下がる
阪急、河原町駅から徒歩5分

酢屋の近辺、高瀬川沿いには「池田屋」の跡や
池田屋2.JPG         池田屋3.JPG
住所:京都市中京区三条通河原町東入 今は居酒屋になっています。

武市半平太の寓居跡」や・・
武市半平太.JPG         武市半平太2.JPG
住所:京都市中京区木屋町三条上がる 
現在は「金茶寮」という料亭となっており、半平太ゆかりの間が存在しているそうです。

土佐藩邸跡」など・・
土佐藩邸.JPG        土佐藩邸2.JPG
住所:京都市中京区木屋町通蛸薬師西南角 
跡地には、平成5年に廃校になった旧立誠小学校が建っています。
龍馬ゆかりの地が点在していますよー(*^^)v 楽しんでください(^^ゞ
posted by べにちゃん at 18:35| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 龍馬・・いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月24日

寺田屋

伏見に行く用事があったので途中、寺田屋に行ってきました。
新型インフルエンザのせいで、京都の観光地はガラガラだと言う噂でしたが、寺田屋には観光客の方が結構いらっしゃいました。
さすが、龍馬さま。

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幕末の頃の寺田屋は、三十石舟の船着場を持つ大きな船宿でした。
今は地形がちょっと変わったみたいですが、江戸時代には大きな船宿が寺田屋を始めとして6軒あったそうです。寺田屋は、早くから薩摩藩の指定宿となり、繁盛していました。

TERADAYA2-S.jpg TERADAYA30-S.jpgTERADAYA7-S.jpg

また、幕末期に起こった2つの大きな事件、「寺田屋事件」と「坂本龍馬襲撃事件」の舞台となった場所でもあります。このため、「維新は寺田屋の一室から始まった」とも言われる事があります。
寺田屋内には当時の様子を伝える写真の展示などがあり、龍馬が愛用していた部屋もあります。

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 龍馬愛用の部屋? 梅の間



二階のいくつかの部屋は、現在でも宿泊することができます。

TERADAYA24-S.jpg TERADAYA22-S.jpg TERADAYA25-S.jpg

TERADAYA28-S.jpg



  ちょっと可愛い洗面台でした(*`▽´*)




寺田屋は京阪電車 中書島下車 徒歩約 5〜6分 

京都府京都市伏見南浜町
電話:075-622-0243
館内見学時間:10:00-16:00
入場料:大人400円

宿泊 素泊まり:6500円
チェックイン:18:00 チェックアウト:9:00


PS:京都市は当時の記録等を調査し、2008年9月24日に幕末当時の建物は鳥羽・伏見の戦いの兵火で焼失しており、現在の京都市伏見区南浜町263番地にある建物は後の時代に当時の敷地の西隣に建てられたものであると公式に結論しました。

しかし、ロマンあふれる地であることには違いなく、観光客の方々には楽しんでいただきたいです。





posted by べにちゃん at 19:44| 京都 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 龍馬・・いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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